生を終える瞬間

大阪北浜でヒプノセラピー(催眠療法)、クラニオセイクラルセラピー、エネルギー療法をしているアンセラです。(サイトはこちら→Ancella

私の認知症の父は今病院へ入院しています。

容態はどれだけ生きていてくれるかというビミョーな状態です。
寝たきりで、言葉も不明瞭です。

で、怖いと言うので、何が怖いかと聞くと、不明瞭ながら、「死ぬのがこわい」

と聞こえた気がしました。

それを聞いて、一緒にいた姉と、

大丈夫だから、とか、体が軽くなるよ、とか、しんどくないよ、とか。

その時がきたら、誰かががむかえにきたり、光でもなんでも、その流れにのってね、と。

話しながら、涙がでてきました。

で、思い出したのです。

生を終える瞬間の感じを。

それは、とても気持ちのよいものでした。

最近、臨死体験をした方と話したのですが、その方も同じように、

とても気持ちがよかった、と言われていました。

十何年か前にお薬のアレルギー反応で、アナフィラキシー症がでて、私、駅の中を歩いている時に意識を失ってしまいました。

その時の自分の体の状況は、まず、目の前が暗くなってきて、何も見えなくなります。

意識がすーっと、落ちていくのがわかりました。

と同時に、体の感覚がなくなってきました。

それまでの、痛みや、かゆみ(全身に湿疹ができていたので)、熱からくる体のほてり、体全体のしんどさが一切、感じなくなったのです。

ただ、意識だけの落ちていく感覚で、その時、死ぬ時の瞬間はこんな感じなんだなと、思ったのを覚えています。

その落ちていく感じがとても、気持ちがよかったのです。

で、その臨死体験した人は、そこから、きれいな所で、目の前に川が流れて、
向こうに人がいて、まだ来るなと合図をされたと思ったら、意識がもどってきた、と。

私の場合は、そこまでいかなく、

薄れ行く意識の中で、あー、私はこのままどうなるのかな、

と思っていたら、

体がくずれ落ちる重たい感覚と、大丈夫ですか?という人の声と、視界が戻ってきて、
自分が倒れた感覚と同時に、今まであった、体の痛み等がどっと戻ってきました。

きっと、何秒のことだったのだと思います。

その時、あー死ななかったんだ、と、こんな感じなら、死ぬのは平気だなと、思いました。

この体験から、死ぬのは怖くないですし、あの気持ちよさはめったに味わえないな、と思っています(^_^)

で、前述の認知症の父。

様子が気になり何時間後に、また、父の所に行き、怖いのはどう?って聞いたら

何もなかったみたいに、むしろ、その質問をしてくる意味がわからんという顔をして
どうもない、と、言ってました。

え〜〜〜っ?!

さっきのは何やったん?

苦笑

まあよかった

そやな、そうしときます。

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死ぬのは怖くないですが、そこに至るまでのプロセスが選べたらいいですね。
いかに生きるかも大事ですね。

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大阪でヒプノセラピー(催眠療法)やクラニオセイクラルワーク、エネルギー療法をやっています。
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